メットウ井戸


八丈富士溶岩流が形成する裾野の末端に明治13年頃村人により作られた。
形がメットウ貝に似ていることが名前の由来で大切にされていた。
石碑によると大賀郷村の人700人余りが井戸つくりに動員された。
水汲みは婦人の労働とされていて寄港する船の飲料水としても重要。
満潮時には井戸水に塩分が混入するという。
インターネットの写真ではわからなかったけど、かなり大規模で驚いた。